信じがたい真実ですが、私たちが日々食べる食品はその3~5割が食卓に届く前に捨てられています。
生産の現場で、流通の過程で、小売販売のシステムによって、そして家庭でも・・・
日本をはじめ世界各国で、食料が辿るあらゆる段階に関わる人々や専門家の話を聞きながら、その驚愕の現実と原因、影響を目撃し、私たちに何が出来るのかを探る旅が始まります。
※ フードバンクとは、品質には全く問題がないにも関わらず、様々な理由で販売されなくなった食品・食材を引き取り、食べ物に困っている施設や人に届ける活動、ならびにその活動を行う団体のことを称します。
食品ロスの原因は何か?
そして私たちは何が出来るのか?
ごみ箱の中は新鮮な食べ物で溢れている!?ウィーンの街を自転車で駆け抜ける二人組は、スーパーマーケットのごみ置き場に向かう。そこでには新鮮な食べ物や、高級食材が惜しげもなく捨てられている。
スーパーマーケットの陳列棚は満杯で、新鮮でなければいけない。どんな食品でも手軽に入手可能な先進国の小売店では、消費者の欲求を先取りするあまり、食品は記載された賞味期限より幾日も早く棚から姿を消す。フランスの巨大スーパーマーケットでは、店員が賞味期限前の食品を棚から下ろしている。「みんな、賞味期限に近いものは買わない。結局、廃棄処分さ。もったいないよ。」と店員は語る。
「もったいないなぁ、日本人は贅沢だなぁ。」と、大量の廃棄食品を前に作業員は呟く。精緻な彩りで行儀よく盛りつけられた日本の弁当には、賞味期限の日付だけではなく時刻まで記載されている。世界でも類を見ないこのようなラベルには、鮮度に対する信仰に近いものが感じられるが、美しい飾り付けの裏側では大量の無駄が発生している。弁当、総菜は短時間で棚から降ろされ、そういった事には私たちの消費行動が関与しているが、その影響について私たちは普段深く考えることはない。
「食品を捨てるということは、かけられた費用や労力も全て捨てるということ。」と、ウィーンの廃棄物管理研究所の研究員は話す。専門家の目で見れば、そこで無駄になっている莫大な資源、エネルギー、労働力と時間には、大きな可能性が秘められている。
曲がったキュウリは店頭に並ばない。曲ったキュウリは出荷用の箱に入らないからだ。葉が一枚萎れたレタス、形の悪いジャガイモ、少しだけ小さなリンゴ...これらは全て“規格外”という理由ではじかれる。品質に問題が無くても、形が、色が、大きさが揃わないだけで、出荷時点で廃棄される ―まるで工業製品のように。ドイツの農業従事者は収穫の現場でその事態を嘆き、欧州委員会の官僚は規格規制について語る
ベーカリーに並ぶ全てのパンは、夕方遅くまで出来たてでなくてはならない。豊富な品揃えのパンを常に焼き立てで提供することを消費者に求められる現代のパン屋さんでは、大量のパンの廃棄が常態だ。スーパーへ出店する際には、閉店時間間際まで棚に商品が満ちていることが出店条件として求められさえする。
出荷規格によるロスや、流通、小売でのロスに対抗する試みの一つが地域支援型農業(CSA“Community Supported Agriculture”)として知られる、生産者と消費者のグループが地域で直接契約する仕組みだ。この試みは、1960年代の日本で始まった“産直提携”をモデルにしているとされ、現在は北米を中心に世界に広まっている。
メタンは、二酸化炭素の25倍もの強さの温室効果を持つ。処分場に直接埋め立てられた食品ごみは長い時間をかけて分解されメタンガスを発生する。それは時限爆弾のようなものだと環境保護団体のメンバーは語る。 バイオガス・プラントでは、バクテリアが食品を分解するときに発生するガスを利用して発電、発熱を行う。 日本では肥料化、飼料化が大きな割合を占める食品リサイクルだが、BSEの影響で飼料化が全面禁止されたEUでは、エネルギー化に拍車がかかった。
流通途上でも大量の食品が失われる。パリの国際卸売市場では、8トンものオレンジが、輸送途中に一部が傷んだことを理由に目の前で廃棄処分にされる。検査官はよくあることだと語り、仲買人は傷んだ果物が入っていたからといって、箱を全部開けて痛んだ物だけ取り除くようなことは出来ないという。
棄てられてしまった食品をどうするのか?国際卸売市場の片隅の倉庫では、フードバンク団体が活動を始めた。1年ほどで既に120トンの野菜と果物を救ってきたと主任は語る。それでも再分配に適していないと判断されて最終廃棄される食品は少なくないのだが、カメルーン出身の女性作業員にとっては、まだ十分に食べられるものばかりだ。「作業員が全員彼女だったら、捨てるものなどなくなってしまいます。」と主任。
消費者の過大な要求は、生産者を圧迫し、産地でのランド・ラッシュ(土地の収奪)を引き起こす。カメルーンのバナナ農園で「実の大きさから長さ、本数に至るまで、生産者に対する要求は増える一方です。」と農園長は語る。一方で多国籍企業と国家が結託して土地を収奪し、小規模農家が貧困に沈む様子が、関係者へのインタビューと共に映しだされる。「まるで戦争のようにみんな占領されてしまった。」と農園の隣接地に小さな畑を持つ農民は語る。
「食品の廃棄は食料の価格を高騰させ、間接的に世界の飢餓を招いている。」大量生産・大量消費・大量廃棄の現代、2008年に起きたような世界的な食料危機は、いつまた起こるかわからない目前の危機だと専門家は警鐘を鳴らす。
日本では、廃棄食品の一部は家畜の飼料としてリサイクルされている。私たちの親の時代には世界中で遍く行われていて、最も古いリサイクル方法の一つが「残飯は豚に」だ。BSEの影響で食品残さの飼料化が禁止されたEUでは、500万トンもの穀物を飼料用に新たに栽培、もしくは輸入する必要が生じた。
子供たちに食の大切さを伝えるために、ベルリンのフードバンクは、廃棄された食材を使って子供向けの調理実習を行う試みを始めた。この料理教室は生活困窮者の子供に限らず、すべての子供たちを対象にしている。現代では、経済的に恵まれている家庭のキッチンがしっかり使われているとは限らない。社会階層に関係なく、食べ物に対する知識は貧弱になる一方なのだ。
「子どもたちは食べ物がどこから来るのか知らない。」とマンハッタンの養蜂家は語る。 ブルックリンの工場の屋上にある屋上菜園には鶏小屋もあり、子供たちが連日見学に訪れる。
廃棄食品による美味しいプロテストが、イタリア/トリノの広場で開催された。廃棄寸前だった食品を使用した料理を1000人にふるまうイベントだ。前菜はトマトクリームにパンを加えた一皿で、大きすぎて農家が販売出来なかったトマトが使われている。メインディッシュはトリノ近郊で採れたパブリカの甘酢がけ。デザートももちろんある。全て廃棄される予定だった食材を使って料理されたものだ。
中心的な役割を果たしている二つの団体の創立者が、空になった皿を手にして「誰も残してないね」と笑顔で語りあう。イタリアに限らず、皆が笑顔になる「パスト・ボーノ(おいしい食事)」は何よりも大切なことだ。